忘れられない葬儀体験は、親父の葬儀だった

2年前、親父は81歳で亡くなった。日本の男性の平均寿命が79歳とされている中で、平均より2歳も長生きしたことを考えれば、大往生といっていいだろう。親父の闘病は5年は続いただろうか。症状が良くならないことがわかるにつれ、性格が変貌し、温厚柔和な性格から、天邪鬼でいうことを聞かない天邪鬼な人間に変身した。薬は飲まない、点滴はもぎ取るだけでは収まらず、尿道カテーテルや呼吸器カテーテルまで引っこ抜く粗暴さだった。しまいにはベッドにくくりつけられ、誰が見ても虐待に見え、見るに耐えなかったが、治療するにはそれしか方法がなかった。年を取ればとるほど、手のつけられなくなるほど性格が相貌で、疑い深くなっていったのは、やはり認知症が進行していたからではないだろうか。つくづく長生きは健康であってということが条件だと思う。ただほとんどすべての人は美しく大往生ということはできないだろう。

生への飽くなき欲求は、どんなに認知症が進んでも、続くものだと思う。葬儀は、今流行の葬祭会館で行うこととした。自宅でという案もあったが、何しろ地方都市で縁故関係が濃厚な地では、自宅では手狭になりすぎる。母親が契約していた葬祭会館は、ど派手で金色主体の葬祭場はまばゆいばかりで、極楽浄土をイメージしていた。司会進行は葬祭会館の職員が仕切っていて、まるで結婚式のような機械的な進行で、少し寂しくもあった。喜怒哀楽が激しくて、やらせ感が漂うのである。そして最も驚いた忘れられない葬儀体験は、お通夜まで飾っておいた遺体を棺ごと霊柩車に運び入れる儀式を、親族の仕事とされたことである。親父は背も高く、体重も80kg以上の体重があったが、さらに棺の重さとあいまって、6人ではとてもじゃないが重すぎた。それをエレベーターを使わずに、式場の2階から1階の霊柩車まで親族が運ぶのを参列する関係者が見守るのだという。

この儀式はここの葬祭会館の社長が、故人を偲ぶために考え出したものだという。しかし、やってみて、非常に危なかった。普通の会談を重さ120kg以上の棺を屈強な若者ならまだしも、息子ならまだしも、高齢な親父の兄弟までも担いで運ぶなんて自殺行為のようなセレモニーだと思った。社長の傲慢な考えそのものではないかと怒りがこみあげてきた。いつか将棋倒しのような事故が起きることが予見された。これが忘れられない葬儀体験であり、まだ記憶が鮮明に残っている。もう少し、葬儀は厳粛な雰囲気が良いと思うのは俺だけの考えなのであろうか?

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